2012年04月10日
頑張れるかどうか - 最後の審判

そんな質問を受けました。「いろんな面で」と対象がはっきりしていない時点で占い結果も明確に出せないことはわかりきったことだったのですが、一応そのように前置きをしたうえで、それ以上の追及はせずにタロットカードをめくりました。
めくられたカードは「ⅩⅩ 最後の審判」でした。
何が見えるかと聞くと、「死のイメージがある」と答えが返ってきました。では、その「死」に何を感じるのかと聞いてみたところ、なかなか的を得た答えが返ってきません。
よくありがちなことなのですが、「何を感じるか?」と聞いても、なかなか自分の感じたことを言葉で表現できず、見えた物や状況を一生懸命に説明しようとするのですが、それは目の前の状況や事象であって「感じたこと」ではないんですよね。
私も、例えば、小学生や中学生のころ、読書感想文を書けと言われても何を書けばいいのかわからず、一生懸命あらすじを説明したりするのですが、肝心の感想についてはきちんとかけていなかったりしました。
感想を書くなら、「面白かった」とか「悲しかった」というような、自分の心で感じたものを表現すべきなんですよね。
私が占いの相談者に聞いているのは「何を感じるか」ということであって、「明るい」とか「暗い」、「楽しい」「怖い」といった素直な答えを期待しているんですけどね。
どうにも難しく考えようとして、あれやこれやと立派なストーリーまで考えて答えようとする人が多いんですよね。
物事の感じ方は人それぞれです。たとえ「死」という事象を目の前にしたとしても、それに対する感じ方も喜怒哀楽様々です。「死」がそのまま悲しみを意味するとは限らないのです。
人の感じ方まで占い師の私が勝手に決めつけることはできないので、その占い結果が相談者にとってどのような価値があるのかということを判断する基準を図るためにも、それをどう感じるかということはできるだけ聞くようにしています。
どうにか導き出した相談者の答えは「悲しいけども、幸せ」でした。
とはいえ、私もこの占い結果をどう判断したらいいのかは迷います。カードは、何を示そうとしているのか?
私はこう判断しました。
これから先の人生、悲しいことや辛いこともたくさんある。頑張らなければ乗り越えられないようなことはたくさんあるでしょう。でも、それらを乗り越えた先にある物こそ、幸せだと思える人生なのではないでしょうか。
「最後の審判」が示すのは、まじめに努力した者は報われて天国に行けるということです。それは、「頑張れるかどうか」を判断するものではなく、「後悔しない人生を送りたければ、どんなに辛いことがあっても頑張って生きるしかない」という現実です。
幸せというのは、悲しいことや辛いことを乗り越えた先にあるもの。
頑張れるかどうかではなく、頑張るかどうか。
それは、占いで決めることではなく、自分で決めることです。
幸せになりたければ頑張ってください。
それが、タロットカードからのメッセージだったのではないでしょうか。
Posted by Apollo Mager at 17:03│Comments(0)
│占い実例
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